暴走族遠藤夏輝を虜にしたクールス舘ひろしと岩城滉一とは?

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クールス
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暴走族ルート20カークラブ総長、遠藤夏輝が男ぼれしたクールス。

舘ひろしと岩城滉一に男ぼれした遠藤夏輝がとった行動が信じられないものだった。

この記事ではそんな遠藤夏輝を虜にしてしまったクールス舘ひろしと岩城滉一について

迫って行きます。

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アメリカファッション、ライフスタイルに魅了された舘ひろし

 

舘ひろしさんは医学部大学受験に2度、失敗したのをきっかけに千葉商科大学

建築科に入学。大学は入ったものの勉学に勤しむことなく堕落な生活を送っていた。

彼の胸に去来していたのはアメリカ映画に出てくるジェームスディーンや

マーロンブランドのようなセンスの良いファッションに身を包み生かしている

ライフスタイルに憧れ青春を謳歌していた。

高校当時やっていたラグビーを辞めたことで身体からみなぎるエネルギーを

ぶつけるものもなく、悶々とした日々を送っていたのである。

そんな中、原宿の喫茶店でお茶をしていた岩城滉一とたまたま出会うことになり、

岩城滉一とのバイクが取り持つ親密関係が始まるのである。

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クールスを暴走族から守る岩城滉一の底力とは

 

一方、岩城滉一は根っからの遊び人であり、中学2年生から女を知った。

モデルやホステスの家を転々としひも状態が続いていたのである。

元来のイケている容姿、そして女がすぐにその気になってしまうようなイケメン。

それが岩城滉一の持って生まれたスター性ともいうか選び抜かれたダイアモンド

だったのである。彼の行くところにはいつも彼を慕っている奴らが集まり、

その上、女性までも集まってくる始末。

岩城滉一(滉ちゃん)の人気は原宿界隈では知らないものは居ないくらいになっていた。

中でも当時、群雄割拠していた名だたる暴走族、スペクター、ブラックエンペラー

アーリーキャッツ、マッドスペシャル、ピンクパンサー、鏖などなど

岩城滉一(滉ちゃん)の名前を知らない幹部たちは誰一人として居ないほどだった。

そんな岩城滉一だったのでクールスの前身ともなったマカオというバイクチームでも

岩城滉一を慕って集まってきているメンバーが15人近くは居たのだった。

クールスの初期メンバーである佐藤秀光も自身の著書、「ハングリーゴッド」で

岩城滉一(滉ちゃん)とディスコに行くと女の子にモテること、モテることと

表現しているほどなのである。


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誰からも慕われ人気な漢、遠藤夏輝とは?

 

 

そして、最後になるが遠藤夏輝さんと言えばルート20カークラブ三代目総長として

君臨し、自らリーダーを辞する前の取り組みとしてCRS連合を結成させるという

一大交渉を実現させたその人だったのである。

高校生時代は不良の学校と言われた東京工業高校の総番長を務め、3000人をまとめ上げ

風紀委員長まで務めた逸材だったのである。

その遠藤夏輝さんを慕っている不良は何人いたか、またまじめな生徒が何人いたか

不良からもまじめな生徒からも絶大な人気を誇っていた遠藤夏輝だったのである。

その人気は高校生を卒業しても生きており、ルート20カークラブでも

総長というリーダーになり、その力を示していたのである。

ルート20カークラブは総勢800人とも言われる巨大な暴走族であり、その名前は

全国に知れ渡るほどであったのであった。

以上が舘ひろし、岩城滉一、遠藤夏輝について経歴である。

この三人はどのような関係で知り合い、どのような関係になって行くのか?

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クールスとルート20カークラブの出会い・・・そして運命

 

マカオが前身になり、総勢17人で少数精鋭のバイクチーム、クールスを

1974年12月13日不吉の日とされる金曜日に結成式を執り行った。

舘ひろしが考案した誓約書が用意してあり、メンバーになるためには

誓約書に血判をすることが求められた。

カフェドロペに集まった若者たちは誰一人も脱落することなく、

17人が全員クールスのメンバーに名をつられたのであった。

クールスのメンバーの絆の結束は強く、どんなことでも乗り越えていく

エネルギを内包していた。

キャロルラストコンサートでその名前を全国に知らしめたクールスは

瞬く間に全国区へとステップアップ。

当時の若者のハートをがっちりとつかんだクールスは当時群雄割拠していた

名だたる暴走族の標的になってしまうのである。

暴走族は名の知れたクールスを潰すことにより、自分たちが有名になると

クールスをことごとく潰しに来たのであった。

しかし、岩城滉一がクールスの副団長としていることを知った暴走族の

リーダーや幹部たちは抗争を避け、クールスには手出しできなかった。

それほど岩城滉一の存在はクールスにとっては大きなことだったのである。

しかし、ルート20カークラブを率いる遠藤夏輝が300人というメンバーを束ね

クールスを潰しに行った時には残念ながら幹部の中で岩城滉一を知る者は

居なかったのであった。

20人対300人では到底クールスは負けていただろう。

クールスには玉川雅己という荒くれ者で、遠藤夏輝の天敵がいたのであったが

この時には玉川はたまたまいなかったのである。

しかし、20人対300人ではどんなに逆立ちしても結果は分かっていることだ。

遠藤夏輝はクールスの大人の魅力に圧倒されてしまい、抗争を避け

「もう二度と、クールスには手出しをしません」と約束。

それからはクールスの一番の信奉者となるのである。

遠藤夏輝はルート20カークラブの総長を自ら辞して、バッドエンジェルスという

赤を基調にしたバイクチームを旗揚げし、クールスの舎弟になるのであった。

遠藤夏輝さんがバッドエンジェルスを作った報告にクールスの舘ひろし、

岩城滉一に報告に行った時のこと。

前身からみなぎる舘ひろしのオーラと眼光鋭い岩城滉一の鷹の目に

圧倒され、直立不動になったと後のインタビューで語っておられました。

それからは原宿を中心に活動をしていたバッドエンジェルス。

カフェドロペにとめてある赤を基調にしたレッドビッグマシーンのバイクを見に

ギャラリーが集まり、そのギャラリーの中の女の子をナンパするために

当時のボンボンの御曹司たちが乗り込んできたスーパーカーのフェラーリーや

カウンタックなどなど、

そのスーパーカーを撮りたくて集まってきた新進気鋭のカメラマンたち。

原宿のカフェドロペやレオンでは人々が集まってきて、原宿文化を形成していく。

クールスとバッドエンジェルスが登場する以前では夜の8時ともなれば

静寂の中に包まれていた原宿であったが、静寂どころではなく翌朝まで

若者が集まる街と化していたのであった。

そんな原宿文化を創り出したクールスとバッドエンジェルスはバイクチームと

おまわれないまま暴走族と思われていた。

そして、官庁が動くことになり、歩行者天国が出来上がったのであった。

歩行者天国はホコ天といわれ、のちに竹の子族やローラー族がホコ天から

生まれることになるのである。

原宿文化を作ったのはクールスが居なければ成し遂げられなかった

歴史ではなかろうか?


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