クールスのメンバーを教えて?今はどうなっているの?

クールス

僕のブログでは1970年代に活躍したバイクチームクールスについて当時の出来事やその後のメンバーが現在どんな活動をしているのかについてお届けしております。

この記事ではクールスにはどんなメンバーが居てどんな活動をしてきたのかについてお届けしたいと思います。

なので、クールスにどんなメンバーが居たのかについて知らべているあなたには
ドンピシャな記事となっているはずです。

最後まで見てもらえればなと思います。

それではさっそく本題に入って行きましょう。

なお、YouTube動画で見たい方はこちらからどうぞ⇒https://youtu.be/ax5ipXVbAUs

クールスのメンバーにはどんな人がいたの?

クールスは1974年12月13日金曜日に舘ひろし、岩城滉一が中心になり結成された

少数精鋭のバイクチームだった。

結成当時のメンバーは舘ひろし、岩城滉一含めて17人で、その後21人になる。

最後のメンバーになったのはクールス一番の暴れん坊と言われた玉川雅已。

クールスメンバーからは「マチャミ」と言われ親しまれていた。

1975年1月になり全国雑誌MC-sisterより雑誌取材の依頼があり、
舘ひろしと岩城滉一は話し合いの末、取材を受けたのだった。

MC-sisterは少女向けのファッションや流行を取り扱う雑誌だったが、ア
メリカフィフティーズとクールスの今までにないとびぬけたファッション性を紹介する特集を組んで大々的にクールスを取り上げてくれたのだった。

クールスメンバー一人一人が取り上げられ、メンバーの顔写真と共に名前やニックネーム、愛車が紹介されたのである。

その時のクールスメンバーの画像がこちらだ

それではクールスメンバー一人一人を紹介しよう。

舘ひろし (ボス)

岩城滉一 (滉ちゃん)

水口晴幸 (ピッピ)

佐藤秀光 (ヒデボウ)

村山一海 (ムラ)

ジェームス藤木 (ジェームス)

飯田和男 (フランク)

梅村光男 (シャチョウ)

玉村雅已 (マチャミ)

渡部和裕(ターベ)

郷田雅之 (ハーレー)

久木好文(サム)

坂本章(ショウボウ)

中井暢孝(ヨーチン)

福田ゲン(ゲン)

森家ケイスケ(モガ)

市川元道(イチカワ)

成川潤一(ナリカワ)

以上がMC-sisterで紹介されていたメンバーである。

このメンバー、上下関係はどうになっていたのかについては次の記事を参照あれ

クールスのメンバーそれぞれの立ち位置と上下関係とは

しかしながら当時のMCsister6月号は今や幻の雑誌となっており

30万円近いプレミアがつくほどの希少価値がつき、高いものになっている。

なので、直接現物を見たことのない僕にとってはどうしてもここまでの情報になってしまう。

バイクチームの中からバンドメンバーを選抜

MC-sisterが全国でクールスを紹介するのと同時期にクールスはキャロルラストコンサートでの雄姿がテレビ番組銀座nowで取り上げられ、その人気は絶頂になった。

それを受け、バンドCOOLSとして8人のメンバーを選抜。

1975年9月にレコードデビューを果たすことになる。

そのメンバーは次のとおりである。

舘ひろし(ボーカル)

水口晴幸(ボーカル)

村山一海(ボーカル)

ジェームス藤木(ギター)

梅村光男(ギター)

飯田和男(ギター)

佐藤秀光(ドラム)

大久保喜市(ベース)

以上のメンバーでデビューするも途中で梅村光男が脱退。

初期、バンドCOOLSは7人で活動をすることになった。

ちょっと今回のテーマから外れることになるが、

最初はドラムは飯田和男が担当したがドラムができないことでベースに転向。

ベースを練習するもできないことからギターに転向するという経緯があった。

そして、担当不在となったベースに大久保喜市がジェームス藤木の推薦で

加入することになったのである。

そして、7人での活動をしていたバンドCOOLSであったが1977年4月舘ひろしが脱退。

それからのクールスは次のように変貌していった。

その後のメンバーの推移を見ていく前にクールスファンなら次のアルバムを抑えておこう。

舘ひろしが脱退する前のバンドクールスの集大成を収録したのものと言えばBe a good boyだ。

バンドクールスの集大成を収録したBe a good boyをチェックしてみる。
↓  ↓  ↓                  ↓  ↓  ↓

バンドクールスのメンバーとその後の変貌

<第2期 クールス・ロカビリークラブ>
この時のメンバーは水口晴幸、村山一海、佐藤秀光、ジェームス藤木、飯田和男

大久保喜市である。

<第3期 クールスRC>

この時のメンバーは村山一海、 佐藤秀光、ジェームス藤木、飯田和男 、

横山剣、萩野知明である。

特筆すべき点は横山剣がボーカルとして萩野知明がベースとして参加しているということである。この時、大久保喜市はアメリカに音楽行脚に出かけていた。

<第4期 オリジナルクールス90’>

村山一海、ジェームス藤木 佐藤秀光 大久保喜市 濱野(飯田)和男

<第5期 ザ・クールス(THE COOLS)>

村山一海 ジェームス藤木 佐藤秀光  山崎廣明 後藤直樹

このときは 山崎廣明がベース、後藤直樹がギターを担当。

45年の長い歴史で若干あいまいになった点もあるが、現在のクールスの正式メンバーはあくまでも村山一海、佐藤秀光、ジェームス藤木、フランク(濱野)の4人であり、後藤直樹、和田ジョージの2人がサポートとして参加しているようである。

以前のような大会場でのライブはなくなったが、現在もライブハウスや地方の会場で積極的に活動中である。現在、千葉県匝瑳市(そうさし)に、クールス専用のライブハウス「 HUNGRY 」がある。

2010年は、結成から35周年を迎え、更に大久保喜市も復帰し、舘、水口以外のオリジナルメンバーでのツアーも行われた。またその一環として15年振りに9月12日に日比谷野音でのアニバーサリーライブを横山剣を迎え成功させた。

岩城はロックバンド「クールス」には参加していないため、メンバーとの確執は無く、また元々学生時代から現リーダー佐藤と友人だったこともあり、佐藤が企画するファンとのツーリング等に顔を出す等、交流は続いている。

ということで今回はこの辺で失礼します。

最後まで見ていただきありがとうございました。

それでは次の記事でまたお会いしましょう。

クールスメンバー上下関係の記事はこちら

クールスのメンバーそれぞれの立ち位置と上下関係とは

追伸:クールスのメンバーも70歳代になっており、「いつまでバンドが続けられるのか」と思案しているのではなかろうか?

しかし、僕たちのクールスはいくつになっても現役のままでいてほしい。

そして、なんて言いても舘ひろしが居た初期のクールスが良い。

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