クールス玉川雅已は意外と知られていたとは?

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クールス
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1970年代暴走族が群雄割拠する中で、そのいで立ちから自分たちを暴走族ではなく

バイクチームと位置付けていた黒の軍団と言われたグループがあった。

東京は原宿を拠点に活動をし、瞬く間にその名を全国区へと押し上げたグループ。

そう、クールスについて解説している。

今回取り上げるのは玉川雅已ことマチャミについて取り上げたいと思います。

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クールスの玉川雅已と言えば暴れ者というイメージ?

 

玉川雅已さんと言えば、走り屋で異名をとっていた暴走族のジェロニモのメンバーだった。

そこで梅村光男と出会い、梅村の推薦もありクールスに参加することになる。

メンバーからはマチャミの愛称で呼ばれていたが、可愛らしい愛称とは違い

その存在は暴君そのもの。いやはや、暴君とは失礼でしたね。

普段は優しい先輩思いのグループ思いの人情深い人ですよ。

暴君が顔を出すのはマサミさんを怒らせた時のこと。

彼が怒ったら最後、先輩であろうが相手が誰であろうが半殺しの目に合わしてしまう

そんな怖い一面を持ち合わせていたのがマチャミこと玉川雅已さんだったのです。

玉川雅已さんはクールスに入るときに血判状に血判を押した最後のメンバーと言われ

キャロルラストコンサート前にメンバー入りを果たしているのです。

以前にもご紹介した動画の中でたびたびマサミさんのバイクのテクニックの一シーンが

ありますが、キャロルラストコンサートでのキャロルメンバーを乗せた

白のビウィックをを先導する際にスタンバっていた時、先立つ気持ちを抑えきれず

バイクをその場でフルターンをさせ、タイヤの白い煙でその場をまっしろに

してしまったことあなたは思い出しませんか?

そしてメンバーのゴウダさんに「おい、マチャミ落ち着けよ」と注意を受けていた

子どものようなマサミさんです。

さて、今回ご紹介するのはそんな玉川雅已さんは岩城滉一・舘ひろしについで

以外にもクールスのメンバーの中では知られていたという事実です。

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クールス玉川雅已は意外と知られていたとは?

 

クールスが全国的に認知されたのは全国雑誌のMCsisterに取り上げられた時です。

それまでのクールスは暴走族の中では「原宿に生意気な奴らがいる」と名が知られていましたが一般の人たちにはまだまだ知名度は低かったようです。

しかし、岩城滉一さんは特別な存在で一般の人にも知られていました。

中でも原宿界隈では岩城滉一を知らない人は居ないくらいの知名度で、女性には引っ張りだこだったのです。

岩城滉一がいたからクールスという名前も原宿界隈では知られるようになってのです。

でもでも、メンバー一人一人の名前など知られてはいませんでした。

クールスという名前は全国に知れ渡り、人気は急上昇するのですがメンバー一人一人と言えばまだまだの状態でした。

しかし、MCsisterで一人一人の顔写真がのり詳細が紹介されると

「アポロキャップを被った人」ということで人気になるのです。

キャロルを乗せたビウィックを先導するシーンでは玉川雅已さんも出ていて

アポロキャップに黒の革ジャン&サングラス姿でカワサキZ2乗りながら、

明治公園横の仙寿院の墓下の千駄ヶ谷トンネルの下のところでしゃべっているんです。

何ともカッコいいの一言。

このDVDを見た人であれば、すぐにわかる玉川雅已さんのお姿です。

その後、クールスはキャロルラストコンサートでの会場護衛をすることになり、

その名を全国に知らしめバンドクールスとしてデビューすることになるのですが、

玉川雅已さんは岩城滉一さんについて東映映画に出ています。

岩城滉一さんの初主演映画となった「爆発!暴走族」で暴走族のメンバーとして

出演を果たしているのです。

その時もやはりアポロキャップをかぶって登場している玉川さん。

バイクの走行シーンはその卓越したバイクテクニックが存分に出ており、
カッコ良いの一言。

クールスリーダー舘ひろしさんが玉川雅已さんに言及したのは水口晴幸(ピッピさん)

との対談インタビューの中のことでした。

「マチャミは白バイに追っかけられたとき歩道橋をカワサキZⅡで登り、

白バイから逃げ切っていたな」と。

舘ひろしさんがクールスのこと、メンバーのことに対して言及するのは大変珍しいことで

大変貴重なエピソードを提供してくれていたんですね。

玉川雅已はクールスに入る前にある人物と運命的な出会いを果たしている。

それは当時高校生だった遠藤夏輝です。

遠藤夏輝はのちに「今までに出会ったことのない最強な敵、天敵でした。

あの時もし喧嘩が続いていれば俺はどうなっていたか?」と。

先制パンチのチョーパンを玉川にぶち込んだ遠藤だったが、玉川の次の攻撃が凄すぎて

驚きを隠せないでいた遠藤夏輝。

遠藤と伴っていた友達が玉川の攻撃の餌食になってしまった。

玉川雅已という漢の圧倒的な戦闘力と破壊力はけた外れだったのです。

運よく乱闘の仲裁に近くの交番勤務の警察官が3人して駆けつけてくれたので

命拾いをしたということだった。

余談であるが、その後遠藤夏輝はクールスに憧れ、ルート20カークラブの総長を辞して

バッドエンジェルスというバイクチームを立ち上げ、クールスの舎弟になったんです。

この経緯については以前の動画で解説していますので、そちらの動画を見てください。

概要欄に動画のURLを載せておきますのでそちらからどうぞ

ちょっと話が脱線してしまったので話を戻すことにしよう。

舘ひろしが言及するような人物、玉川雅已はやはりただものではないということだ。

クールスがバンドクールスとデビューする当時、玉川雅已は岩城滉一について

東映の映画に出演を果たしている。

その後も映画出演を果たすが、岩城滉一のように生活の生業にはしなかった。

玉川雅已が生業にしたのは「焼き鳥屋」だったのだ。

生涯、世田谷で高級焼き鳥店を営んでいた。

しかし、64歳という若すぎる死が彼を待っていたのだった。

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