【舘ひろしの秘密】クールスとヘルズエンジェルスの関係を暴露!?

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クールス
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僕のブログを見ていただきありがとうございます。

僕のブログでは今や舘プロという芸能プロダクションの社長になり、ご自身でも

日本を代表する俳優と言っていいほどの活躍をされている舘ひろしが若きヤンチャ時代

有り余ったエネルギー全てをバイクに捧げていたバイクチームクールスについて

独自な切り口から記事として書いています。

今回この記事でお届けするのは舘ひろしがクールスを設立する時にお手本にしたのではなかろうかというアメリカのバイクチームであり暴走族であったヘルズエンジェルスについてです。
具体的には舘ひろしがヘルズエンジェルスをお手本にしてクールスを設立したかどうかについてです。
なぜなら、舘ひろしはアメリカに赴き、本物のヘルズエンジェルスに会って、取材をしている経験があるからです。

この記事を最後まで見ることで、舘ひろしが作ったクールスとヘルズエンジェルスの関係が分かるようになります。

なので、クールスファンはぜひ見てもらいたいと思います。

それではどうぞ

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【舘ひろしの秘密】クールスとヘルズエンジェルスの関係を暴露!?

 

舘ひろしはヘルズエンジェルスの掟を知っていたのではないか?

なぜなら、舘ひろしはヘルズエンジェルスには厳しい掟があり、
まったくそれと同じように

クールスの結成に際し、厳しい掟とも言うべき規律を作っていたからだ。

彼の飛びぬけた企画力を支えるのは彼の情報収集能力と想像力にあると思っている。

しかし、今の時代ならわかるが・・・

当時はインターネットなんか繋がって無い時代だ。

彼は一体どのようにして情報収集をしていたのか?疑問が残る。

それでは一体舘ひろしはヘルズエンジェルスのことをどのようにして調べたのだろうか?

長年の疑問の中でとうとう行き着いた

その答えは次のことだと推測する。それは・・・

若き日のマーロンブランドが主演を演じた映画The Wild One(ザ・ワイルド・ワン)

ではなかろうか。 1953年にアメリカで上映が開始になった。

The Wild One(ザ・ワイルド・ワン)とは、「ワイルドなヤツ」、「野性的な人」、

「乱暴なヤツ」、といったイメージで売り出され、日本では「乱暴者」(あばれもの)と訳され、

放映もされた。

今でいう暴走族を描いた映画で、当時は国内外で話題になって、公開禁止にする国もあったという。

イギリスではあまりの内容から1968年まで解禁されなかった。

ちなみに舘ひろしは「若い頃、観た」と言っている。

この若い頃というのが血気盛んな高校生ごろではないだろうか。

ワイルドワンに出てくるマーロンブランドにあこがれ、この映画の出で立ちをイメージしクールスのファッションを決めたようだ。

しかし、ファッションはまねることができても、掟までまねることなどできないこと。

ますます、疑問が大きくなるばかりである。

いやはや、舘ひろしは我々には想像がつかないくらいの特殊能力を持ち合わせ、

抜群のセンスと想像力から当時のクールスの出で立ちを具現化したに違いない。

その後、ワイルドワンの影響でバイクチーム、ヘルズ・エンジェルス (Hells Angels) の結成につながったのである。

そして、舘ひろしはヘルズエンジェルスに会うことになる。

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舘ひろしの渡米の目的はヘルズエンジェルス!?

 

クールスメンバーとの活動を1年半という短い期間にピリオットをつけ、
舘ひろしはソロ・アルバム 「ラブレター・フロム・ザ・USA」のレコーディングでニューヨークにわたる。 これが 1977年発売になったファーストアルバムである。

その際、ヘルズエンジェルと逢い、LPアルバムの歌詞カード、ライナー用に撮影する。

ヘルズエンジェルと一緒に写った写真は何枚かありアルバムには2枚掲載され、

その写真はアルバムには掲載されずにポスターになったもので、

舘ひろしソロデビューの記事とし、ニューヨークでの写真が雑誌に掲載された。

以下 LOVE LETTER FROM THE USA のライナーに記載されてる舘ひろしのコメントである。

「このAlbumが出来上がって全12曲を聴いた時、ただうつむいて何も言えなかった。

何故なら、このAlbumには多すぎる程の思い出が詰まっているから…

1977年6月27日 羽田を発ってから今日まで、オレの人生の中で、これ程いろんな意味で感じたことがあったろうか。

New YorKの あの四角い空。のしかかってくるようなビル。

ブルックリンのHell’s An-gelsとの出会い。

ガキの頃、映画でしか見た事のなかった奴等のpartyに招待された時の不安と期待が入りまざったあの何とも言えない気持ち。

何10台と並べられたチョッパー。そのまわりで開かれたpartyで、

突然、「お前どこから来た」ときかれ 「オレは日本から来たんだ 」

「そうか、じゃあ」 と言って、一番デッカイ ソーセージを選んで作ってくれた

あの唐辛子のいっぱい入ったホットドッグの味。

ヘルズエンジェルとの出会いをこう語っている。

ヘルズエンジェルスと実際に対面した舘ひろしに去来したものはいったいどんなものだったのだろうか?岩城滉一と作ったクールスは今は無い。

そして、俺はこうしてヘルズエンジェルスに対面している。。。

ということで今回は舘ひろしがが作ったクールスとヘルズエンジェルスについて

お届けしました。

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