キャロルとクールスの共通点|矢沢、舘、岩城、ジョニーの関係とは?

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クールス
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1970年代、ロックンロールで名乗りを上げたのは西のファニカン、

東のキャロルだった。

今ではロックフェスには多くのオーディエンスが参加するようであるが、当時のそれは

まばらな状態だった。しかし、ファニカンやキャロルが出てきたことで世界が一変。

大勢のファンが集まり始めたのだった。

キャロルに至ってはイギリスのブリティッシュスタイルを取り入れ、

独特な世界を作り上げていった。

そこにはボーカル矢沢永吉が持っている卓越したエンターテイメント性と

ジョニー大倉が持っている比類なき匠の技の融合から生み出された音楽だった。

多くのファンを虜にしていったキャロルだが、コンサート会場には彼らにあこがれを持つ

暴走族関係の奴らで埋まることになる。

そんな状態だったから、音楽性を評価される一方世間の目からは

冷たくみられることがあったようだ。

しかし、世間の批判以上に芸能界でのキャロルの地位は着実に上がっていく。

なぜなら、異業種からのコラボ依頼など多数あったからだ。

一例をあげよう。山本寛斎はキャロルの音楽性を高く評価し、

パリコレでのコラボを依頼したほどだった。

そんなキャロルだったので、多忙を極め、ついにはジョニー大倉が薬に手を出してしまう。

よりによって全国ツアー中の出来事で、そのまま失踪してしまったのだ。

この間、なんと3か月余りの及ぶという。

その後、ジョニー大倉はグループに戻ってくることになるのだが、

このことがきっかけとなり、矢沢永吉との間に溝が生まれることになってしまう。

体外的には順風を装うが、グループ内での溝は深まる一方だった。

それでも、世間がキャロルを必要とするのであればという使命感からキャロルは

活動を続けるのであった。

しかし、いちど亀裂が入ってできた溝は元には戻らず、3年余りの短い活動に

終止符が打たれることになる。

これが皆さんがよくご存じの1975年、4月13日に行われた

キャロルラストコンサートだったのです。

このコンサートはまさしく、矢沢永吉とジョニー大倉の「決別」を意味していたのです。

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東映からのオファーを受け入れた岩城はその後?

 

一方、1974年12月13日に血判で硬い契りを誓い、結成されたクールスは

瞬く間に、渋谷原宿界隈で人気者になっていく。

人気をかぎつけた女性雑誌のMC-sisterはクールスを特集で取り上げることとなった。

これがきっかけでブーストがかかり、クールスの名は全国に知れ渡ることになる。

彼らがたむろしていた原宿のレオンやスプレンドールではクールスの人気をかきつけた

ファンの群衆でいつもいっぱいになっていたという。

以前より、付き合いがあった岩城滉一に矢沢永吉が持ち掛け、

キャロルのラストコンサートの護衛を依頼するのであった。

日比谷野音でのラストコンサートの打ち合わせには矢沢永吉と岩城滉一

舘ひろしそして、キャロルマネージャーの真下が加わっていた。

ここにはジョニー大倉の姿はなかったのである。

クールスではリーダーの舘ひろしとサブリーダーの岩城滉一との関係は

良好に進んでいた。

なぜなら、クールス結成式にその力を見せつけた岩城滉一。

もし仮に、岩城滉一が居なければクールスはこの世に誕生していなかったかもしれない。

舘ひろしというより、岩城滉一の方がメンバーに対する影響力はあったように思う。

キャロルラストコンサートでは舘ひろしがキャロルメンバーに一人一人

インタビューをしている。

そのインタビューはフランクな語り口で舘ひろしの人となりが窺える好感が

持てるものだった。

また、オーディエンスに対してのインタビューでもおごることなく

誠実性が感じられるものだった。

一方、岩城滉一はクールスメンバーとバイクにさっそうとのり、

ノーヘルで国会議事堂前を流すシーンは「かっこいい」そのものだった。

あのシーンはぼくにとっては忘れられない青春そのものだったのだ。

しかし、このころから強固で盤石な体制に思われていたクールスの

ナンバーワン、ナンバーツーであったが

足元からじわじわと不協和音が響き渡り始めていたのだった。

その不協和音が大きくなってきたのは岩城滉一が東映からスカウトされるという

形で現れることになったのだ。

岩城滉一はバイクが好きでクールスが好きだったから、バイクに乗れることだけで

満足をしていた。しかし、東映社長からの直接のオファーであり、

「70万円やるから映画に出てみないか?」という殺し文句に負けてしまったのだった。

新幹線大爆破という映画に10足らずの出演で70万円もらえたという経験が

岩城の展望を狂わせたのかもしれない。

東映社長、岡田茂の岩城に対する熱の入れ方が尋常ではなく、

2本目になる爆発!暴走族では

千葉真一を差し置き、岩城滉一は主演でデビューをしている。

そんな、岡田と岩城のなかだったから、クールスのメンバーも映画に

出演させてもらえるよう岩城が交渉したのだった。

その結果、出られるようになるのだがその出演依頼を舘ひろしはクールスの

リーダーとして断ったのだった。

なぜなら、当時、芸能プロデューサーの上田の働きもあり、COOLSとして

デビューをしたさなかだったので、映画出演どころではなかったのである。

これが、舘ひろしと岩城滉一との仲に亀裂が入った直接の原因となったのである。

そして、岩城滉一はだんだんと、クールスの活動に参加することがなくなっていく。

ということで、キャロルの矢沢永吉とジョニー大倉

そして、クールス舘ひろしと岩城滉一の関係は同じということです。

なぜなら、四人とも才能があり力があるだけに違った方向性が生まれてくる。

これは世の中の摂理であり、原理原則といってよいでしょう。

なので、これがキャロルとクールスの共通点ということになるのです。

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